……なんていえばいいのかわかんないよ、ガウリイ」

少し前に手に入れた綺麗な羊皮紙を前にして、あたしは手を動かせないまま
ずっとあることを考えていた。

「オレの気持ちは伝えたからな」

そういってあたしのおでこにキスをした元自称保護者は昨日から外出していて、
明日までここには帰ってこない。


「リナ、まだ悩んでるの?こういう時は恥ずかしがったり取り繕ったりしないで、
素直な気持ちを伝えればいいのよ」

でも、ま。照れ屋なリナには難しいかもしれないから…と、皇女様じきじきに
問題解決のためのアイテムを手渡してくれたんだけど。

これ、思いっきり公式文書用のすこぶる上等なヤツじゃないの?
レース模様の透かし細工とか金箔押しの縁取りとか、この一枚を作り上げるのに
どれだけ職人の手がかかっている事か。

植物性の紙なら漉く段階である程度の加工ができると聞いたこともあるけれど、
これはあくまで長期保存にも耐える羊皮紙。
気が遠くなるような手作業の果てに作り出された珠玉の一品、というのは
ちょっといいすぎかもしんないけどあながち間違ってもいないはず。

ようするに、こういう用途でおいそれと一般人が使えるようなものではないはずなのだが、
よく見ると彼女の私物だろうに、セイルーン王国の紋章が入っていなかったりして
もしかしたらこれはプライベートで使用するためのものなのかな、なんて想像した。
あの娘、しょっちゅう手紙を書いてるって言ってたものね。

インクを含ませたペン先を何度も持ち上げて、最初の一文字を書き込もうとして、躊躇って。
結局何も出来ずにペンを下した。

ガウリイのことは、好きだ。
相棒という意味でも、深い意味でも浅い意味でも、どんな意味合いで問われたとしても、
彼を嫌いだと答える場面などありはしない。
あったとしても精々が「仕事の話を聞かない」とか、「図書館ですぐ居眠りををする」程度の、
嫌いというよりは困るという話でしかなくて。

どんだけあたしはあいつに惚れてるのよ!と、自分で自分に突っ込みたくなる程度には
彼のことが好きだし大切に思っている。

だけど…

「それとこれとは話が別なのよね」

大きな溜息を落として、あたしは諦めてペンを手放し天井を仰いだ。

この気持ちを伝えるのは、どうしたって照れ臭い。
絶対、言葉にして言わなくてもあいつはあたしの気持ちを知っているに決まっている。

あんなに自然にキスしてきて。
抱き寄せて、それから、今までで一番優しくて甘い声で「愛してる、リナが好きだ」って。
あんなの、こちらの気持ちを知っていなけりゃやれないはずだもの。

最初は嬉しいとかそういうのの前に、まず呆然としたっけ。
今何が起こったんだろうって、都合のいい白昼夢でも見たのかって。

それから、もう一度ガウリイが好きだって言ってくれて。
じわじわと砂に水が滲みこむみたいに、ガウリイの言葉があたしの中に浸透して。
押し当てられた唇が三度目の告白をするために動くのを感じながら、
やっとあたしはこれが夢でもなんでもない、本当のことだって判ったんだった。

……ガウリイも、同じなのかな。

ちゃんとした言葉とか行為であたしの気持ちを確認したいのかな。

あたしらしくはないかもしれないけど、普段のやり取りとは違う、特別な距離と特別なたった一人だに捧げる心からの気持ちを言葉にしたら。

正面きって、この気持ちを伝えたら。

どうせなら、あたしにしかできないやりかたでこの気持ちをぶつけたい。

心を決めたら即行動、衣服を整え窓を開いて翔風界の呪文を唱え。
闇夜を切り裂き、あたしは飛んだ。
世界でただ一人の愛しい男に会うために。